冬鴎

◇ 冬鴎 舞ふ海面は 鉛色 鴎の羽根も 鉛色して ◇

雪に佇む

◇ 雪降れば 雪に佇む 迷ひ鳩 鳩舎日増しに 遠くなりゆき ◇

寒雀

◇ 拾ひても 実なしに進む 寒雀 口開く子に 親雀啼く ◇

鐘の音

◇ 雪の降る 明るき空に 鐘の音 雪と同じく 天上のもの ◇

蛙の家出

◇ 秋の出水に 一匹の蛙が 丸太の先端に坐って 流されてゆく いま水に跳び込まなければ みるみる故郷の山肌は 遠く離れて行く 蛙はそうしないで 丸太にしがみ付いている 蛙は家出をするつもりなのだ 故郷には蛙を虐めるボスがいて 秋の出水を待っていて 家出を決行したのだろう 出水に便乗したのは 蛙がボ... 続きをみる

行火

◇ 懐に 飛び込んで来る バツタあり 人の体は 尊い行火 ◇

橇ゆく道

◇ 鈴鳴らし 橇ゆく道の 延々と 地にとどまるか 天へ抜けるか ◇

物干し

◇ 物干しに 互ひ違ひに ゐる鳩の いとも容易く 身を入れ替へり ◇

冬のホーム

◇ 冬の日の ホームに射して ゐるなかを 人のみならず 鳩も雀も ◇

柚子の実

◇ 柚子の実の 湯に委ねつつ 人に来る 人なつこさの かなしかりけり ◇

終着駅

◇ 終着駅 安心もあり 枕木に 土鳩と鼠 並び餌食む ◇

路地の夕日

◇ 角折れて 路地に夕日を 見つけたり 照りくるうちに 歩み進めむ ◇

韓紅の靴

◇ 過疎村の 廃屋の庭に 見つけたる 韓紅の いとしき靴かな ◇

田舎道

◇ 過疎村と なりて寂れし 田舎道 蝶ひとつ舞ふ 寄り道しつつ ◇

都市椿

◇ 花々の 先触れとして 都市椿 無関心の中 ひたむきに咲く ◇

雪ウサギ

◇ 女の子 歳の数だけ 雪ウサギ それがその子の 最高のもの ◇

蠅叩き

◇ 蠅叩き かざし幼子 父叩く 父防戦に 妻を持ち出す ◇

雄鹿

◇ 殷賑の スキーの郷を 見はなちて 雄鹿ますます 深雪をこぐ ◇

荒野に

◇ 冬木いま もつとも易き 形して 凍てつく夜の 荒野に立てり ◇

冬籠り

◇ 缶切れば 魚も身を寄す 冬籠り 半年弱を いかにすごすか ◇

雪で耀く

◇ 雪下ろし すれば貧しき 我が家なり 聖夜の八割は 雪で耀く ◇

丹頂

◇ 遠来の 旅人吾に 丹頂は のつそのつそと 足運び来る ◇

光る雪

◇ スキーヤー 反射に呑まれ 視界失す 行き着く先は 地上か天か ◇

果物屋

◇ 過剰なり 嵐の後の 果物屋 熟成のなき 早成の実の ◇ ◇

秋の色

◇ 見渡せば ものことごとく 秋の色 人にもありて かかる変容 ◇

亀と赤子

◇ 亀と赤子 どうちがふかと 吟味する 亀は甲羅で 赤子はオムツ ◇

空中遊泳

◇ 這ふ赤子 そのまま少し 身が浮かば 猫も驚く 空中遊泳 ◇

路地の猫

◇ 路地の猫 風鈴の音に 首傾ぐ 季節外れを 訝しみて ◇

花の冒険

◇ 花野道 かうべに白き 花添へて 犬連れて行く 花の冒険 ◇

帰燕

◇ 群れなして 燕帰れば 街寂し また来年ね 声だけ残し ◇

小鳥来る

◇ 小鳥来る 時あやまたず この町へ 母親を待つ 少女の町へ ◇

待つ男

◇ 相貌も 険しく岸に 待つ男 帰還の鮭を そのまま映し ◇

冬の気配

◇ 忍び寄る 冬到来に 備へつつ 犬と並んで 枯野を見やる ◇

山鳩

◇ 山鳩の 小首かしげゐる その辺り 去年の樹はなく ビル迫りをり ◇

山里の牛

◇ 山里の 囲ひの外に 立つ牛は のつそり人に 歩み来るなり ◇

晩秋

◇ 散り敷ける 枯葉の中を 駆けめぐる 鳥かもしれず 獣かもしれず ◇

レモン

◇ 思春期の 夢かレモンを 投げ上げて 星を増やさば 世は耀かむ ◇

秋の光

◇ 枝の栗鼠 橡の実齧る まなこには 秋の光の しづまりてをり ◇

運動会

◇ ピストルの 号砲怖し そのせゐか 表彰されし 記憶は皆無 ◇

初雪

◇ 初雪を 知らず正午に 目を覚ます 予告もなしに ふいに来る雪 ◇

浮き寝鳥

◇ 浮き寝鳥 名もなきぼろの ごと浮きて 夜明けとならば 自在に空を ◇

電柱

◇ 降る雪や 電柱に陣 老鴉 寒さしのぎて 雪被りをり ◇

野の兎

◇ どか雪や 前行く兎 道をつけ 狐を嫌ふ 人へのサービス ◇

枯野

◇ 郊外の 家をめざして 枯野くる さうはさせじと ストーブを焚く ◇

萩

◇ 濃くもなく 淡くもなくて 萩の花 道端に立ち 優しく揺れる ◇

蜜柑畑

◇ 空と海 ともに迫りて 蜜柑畑 たれに捧げむ 金の果実を ◇

鉄棒

◇ 鉄棒に 逆上がりする 秋の暮 見え来るものは 一つの夕日 ◇

夜の校舎

◇ 夜の校舎 人の靴跡 二つ三つ ライトをかざす 宿直教師 ◇

音楽教室

◇ 放課後の 音楽教室 秋の雨 屋根伝ふ音 哀しみに似て ◇

里芋

◇ 雄鶏に 里芋与へ 鳴き封ず この悪戯は 人か悪魔か ◇

向日葵

◇ うらぶれて 人なき郷に 歩み入れば 忍者のごとき 向日葵に遇ふ ◇

鮎

◇ 囮鮎 役目解かれて 水に浮く 流れのままに 癒やされてゆく ◇

秋の蝶

◇ 暗き森 抜け出しこの世へ 秋の蝶 この世にも闇 あるとは知らず ◇

夕焼け

◇ 夕焼けや どこか遠くの 火事映し 延焼しても 手の下しやうなく ◇

夏の形見

◇ 草原に 夏の形見と 雲の影 ユーホーのごと ひと日さまよふ ◇

実態

◇ 悪霊は 人にはひりて 形とる その小賢しさ その抜け目なさ ◇

世にありて

◇ 世にありて 逢ひ逢ふことの むなしさよ ひとりは神に 片や悪魔に ◇

逢着

◇ 愛と憎 その発祥を 尋ねなば 必ず神と サタンに行き着く ◇

使徒マリア

◇ をちこちに 使徒マリアらの 現れ出で 生命与へむ 終る世にして ◇

虚無

◇ ゆく果ての 虚無にてあらば 山頭火 吾は愛さず 悪く思ふな ◇

秋の雨

◇ 放課後の 音楽教室 秋の雨 屋根打つ音の 楽器と異なり ◇

秋刀魚

◇ 生秋刀魚 見分けつかねば 焼いて喰ふ 秋刀魚の一生 それでおしまひ ◇

秋出水

◇ 秋出水 流されてゆく 赤い靴 子供は無事だ 靴だけの旅 ◇

人になつかず

◇ 降る雪や 人の後先 雀跳ぶ 人になつかず 人に愛され ◇

冬迫る日に

◇ ささくれて ぼろ傘のごと 飛ぶ鴉 鴉に学ぶ 生くる道かな ◇ ◇

奥山の湖

◇ 奥山の 湖にやすらふ 鳥影の しづけくあれば 人の安息 ◇

広場の小鳥

◇ 駅前の 広場に小鳥 集ひをり 良きはなしかと 吾足進む ◇

いのちの実

◇ 一度花と やがて実と咲く ことわりの そを知らずして なんぞいのちか ◇

立つ鳥

◇ 立つ鳥の 蹴立てし波の 静まりに 残りし鳥の 愁ひ漂ふ ◇

うたかた

◇ 溢れくる やさしきことば 待ちをれど 吾貧しくて 何も浮ばず ◇

奇しき洗礼

◇ 雨の都市 靑赤電車 すれ違ひ 時雨たぎちて 奇しき洗礼 ◇

ゆく雁

◇ 一羽とて 振り返らずに ゆく雁の 人間のみが 顧みるけふ ◇

人生

◇ わざはひを 益とする神 なかりせば 人生はただ 暗黒の淵 ◇

栄光と暗黒

◇ よくもまあ 権威めかして 呼びきたる 馬の骨とも 分かぬ墳墓を ◇

帰還

◇ ものみなが 過ぎてゆきけむ この頃を 神の子らのみ 神へと還る ◇

白き巨船

◇ 紺碧の 洋上はるか 浮上する 白き巨船は 幻ならず ◇

古巣

◇ 冬草の 固まる奥に 見つけたる 古巣のごとき 過疎の村かも ◇

浮く蛙

◇ 河骨の 花を仰ぎて 浮く蛙 人のあくがれも かくなるものか ◇

吟遊詩人

◇ 街角の 詩人の目覚め 早くして その一声に 諸鳥慌つ ◇

山里

◇ 露に濡れ 生気溢るる 朝顔の 乙女ら歩む 山里の道 ◇

白波

◇ 秋たちて 水面を走る 白波の 清々しきを 心にしまふ ◇

尖塔の巣

◇ 天に子を 捧げむとてや コフノトリ 尖塔に巣を 営みてをり ◇

使徒

◇ うつし世に あまた手続き ある中に 素手にて向かふ 天つ使徒らの ◇

麗しき花

◇ 近道を とりて横切る 霊園の 新しき墓碑に 麗しき花 ◇

道

◇ 命かけて 走りぬかねば ならぬ道 偶像神の はびこるこの世 ◇

水位増す

◇ 徐々に徐々に 水位増しくる 幕屋より いのちを受くる 時は迫りて ◇

喚く鳥

◇ 縄張りを 主張せむとて 喚く鳥 人の住めるを 忘れをるらし ◇

雷鳴

◇ 山羊ひつじ 交じり戯るる かの尾根を 分かたむとして 雷の閃く ◇

要諦

◇ 先延ばし しつつ来たれば 要諦の 険しき山ぞ 立ち塞がるる ◇

啓示

◇ 突き上げて きたる啓示の ことばなれば 波紋はあれど 差し出しにけり ◇

未踏

◇ 朝にけに 心にかかる もののあり 耀き放つ 未踏の町々 ◇

移る時

◇ さばかりに 一山領して 鳴き立てし 蝉今はなく 雁渡る空 ◇

名月

◇ 名月に 寒村眠り ゐるなかを 一頭の馬 醒めて首伸ぶ ◇

鶏

◇ 鵙の来て 高鳴きすれば 鶏を 奮ひ立たせて 鵙追ひ払ふ ◇

瀬音

◇ 耳奥に 通ふ瀬音の ゆかしくて 尋ねて行けば いのちのいづみ ◇

鶯

◇ 鴬の 寂しくをれば 人里に 降り来て軒を 伝ひつつ啼く ◇

水車

◇ 山峡の 水車健気に めぐりをり 人住まぬ里の 清き流れに ◇

再訪

◇ 再訪す 母と歩みし 夏野径 今ひとり行く 日傘の女 ◇

ブランコ

◇ ブランコを 足台として 我が家のぞく 児童公園の ひとりの少女 ◇

黒き葡萄

◇ 黒き葡萄 冷やさんとして 降りる露 すかさず啜る 賢き鳥は ◇