土用鰻
◇土用鰻
毎年土用のこの時期になると、
鰻を食べて、内部武装する男がいる。
併せて酒を食らえば、完全武装となる。
内部の武装はこれでよしとして、
残るは外部の武装だ。
昔の侍のように、
帯刀するわけにもいかない。
ギャングのようにピストルを持つこともできない。
そこで色の濃いサングラスをかけ、
黒い大きなマスクをして、顔を覆った。
うっかりして、店の飲食代を払うのを忘れたが、
店員は何も言わなかった。
その代わりと言っては変だが、レジ近くにあったステッキをついて、
表へ出た。
武装がものを言ったと思えて、男はほくそ笑んだ。
前に立ちふさがって吠える犬を、男は尖った靴の先で蹴り飛ばした。
犬はキャンキャン喚いて逃げていき、男に怖いものなど何もなかった。
前からパトカーが来て、彼の横に停まった。
ドアが開いて、
「署まで来て貰おうか」
と警官が言った。
「へい、お安い御用で」
と男は言ったが、それほどお安くない、
という思いも、彼にはあった。
了